9月も気付けば下旬ですね。朝夕と肌寒いと感じる時間が増えてきたように思いますが、このブログを読まれている皆さんはどうですか?暑さと寒さの中間地点、服装で気温調整するのに日々苦戦しています。
さて、最近のリワークですが、復職・社会復帰へと進み、卒業していくメンバーが続いています。リワークに参加をしてから、毎日を共にしているグループから離れる、ということはおめでたいことでもありますが、別れの痛みを感じさせる体験です。
喪失、という言葉があります。自分の中から失われるものがある、ということですね。喪失を巡る体験というのは、単に現実としてそれが無くなってしまう、ということではありません。自分の心の中の対象が無くなってしまう、とも言える体験です。心の中の対象が失われるということは、その人の一部が失われるわけですから、非常に大変なことと言えるでしょう。失うことに対して、悲しさや寂しさ、怒り、苦しさを感じることは自然です。反対に、その痛みを認めたくない、という動きもあります。これらの情緒の動きは、その人の心が生きているから生じるものだと考えることができます。
喪失を体験すると、私たちの心は、その喪失を整理するために『喪の仕事』を始めます。喪の仕事で、私たちは様々な感情を感じ、少しずつ、喪失したことを認めていく気持ちに向かっていきます。できるだけ嫌な感情は感じたくないものですが、大事な存在であるからこそ、その存在が失われる時に大きな感情を感じることは避けられません。むしろ、そのような感情も、大事であると受容していくことは、喪失された対象を自分の中に取り戻していく動きとなります。目の前から消えたとしても、自分の心の中にその対象との存在や体験があり、それらが自分と共に居続けてくれる、ということです。現実で出会った対象との交流が関係性を築き、関係性の中で育まれた愛着が温もりとなり、喪失の際には、痛みを感じ、それでも、心が喪失を乗り越え、心の中に対象を内在できるようになる、ということは、私たちの心がより豊かなものへと変化していく、大事な体験であることが理解できます。
CRESSでは、復職・社会復帰を巡るメンバーの心の動きを丁寧に見ています。喪の仕事も、その一つです。毎日顔を合わせ、共にリワークの歩みを進めているメンバーとの別れは、自分の一部を喪失する体験と言っても良いでしょう。それは、当然ですが、辛いことです。しかし、前述の通り、心にとって、そのような体験は、とても大事なものです。そのような心の体験をメンバーやスタッフと共にできる『卒業式』の時間がCRESSにはあります。卒業式では、見送られるメンバーと、見送るメンバーの、言葉で表現される心の贈り合いがあります。そのやりとりには喪の仕事の要素も含まれています。CRESSでの時間、自分の課題に各自が向き合う中で、そこには1人ぼっちではないその人が居ます。毎日、顔を合わせ、一緒に体験を考え、一緒に課題に向き合うメンバーが周りに居たのです。復職・社会復帰をすると、毎日会うことも、話をすることも、自分の心と共にあった時間は現実から物理的になくなります。しかし、心としてはどうでしょうか。きっと、なくなることはないでしょう。薄くなるかもしれません、遠のいていくかもしれません。でも、無になることはありません。心の中で、対象と共にした体験は生き続けていきます。その喪失を言葉にすることで別れの痛みがより明確になったり、笑顔で終わりたいと思っていても、涙が流れ、言葉に詰ったりすることもあるかもしれません。このように心が動くことが、対象との間で起きているのは、そこに生きている『あなた』と『相手』が居るからでしょう。心が生きる、ということは、大変なことですが、それは決して苦しいだけで終わるものではありません。
私たちは、これからも、CRESSで大事な喪の仕事を経たメンバーが、その体験を力として歩みを進めていくことを願っています。





