当院のリワーク・プログラムの1つにSST(social skill training)があります。SSTは、主役と脇役数名であらかじめ用意されたシナリオの中で演じてもらうロールプレイの形式で行っています。どの職場でも起こりうるような場面が設定され、そこで立候補によって決まった人たちに役割を演じてもらいます。数名で演じる脇役には用意されたセリフがありますが、主役にはありません。主役は脇役とのやり取りを通して即興で演じることになります。頼りにならない上司、やる気があまり見られない後輩、あるいは周りからの評価が高い同僚など、毎回違ったキャラクターの脇役が登場します。そして、主役はロールプレイが始まるまで脇役からどのような言葉が出てくるかわからない、つまり、ロールプレイの中で自分がどう反応するか事前に準備ができないため、その時感じた素の感情が出てくることが予測されます。主役を演じることは緊張や不安を伴い、勇気のいる決断と言えるでしょう。相手が攻撃的な態度をとってきたら主役の自分はどのように反応するか、依存的に関わってくる後輩がいたらどう接するか、あるいは強引な上司に大量の仕事を押し付けられたら…ロールプレイを通して休職前のストレスが想起されたり動揺が走ったりするかもしれません。しかし、改めて自己のコミュニケーションの取り方について振り返ることができます。戸惑いや動揺だけでなく、もしかしたら思っていた以上に冷静に対応することができる自分に気づくかもしれません。
ロールプレイ終了後には、演じた人、その様子を見ていたほかのリワークメンバーたちから気づいたことや感じたことなどをコメントしてもらいます。不安を抱えている主役を見ていた人たちは同じように辛い気持ちになるかもしれないし、攻撃的な上司を見て怒りを覚えるかもしれません。見ている側にとっても、演じている人たちと自分を重ねながら、自分ならどう対応するのか考える機会になります。
舞台の上で上手に演ずることが、このプログラムの目的ではありません。演じる人だけでなく見ている人たちも、不安や焦りといった様々な感情をプログラムの中でともに体験することができます。そして共有された体験だからこそ、見ていた人達から伝えられた感想や気づきには重みがあります。メンバー全員でこの時間を共有することで、主役を演じる人にとってのこのプログラムが復職につながるより貴重な体験となるでしょう。