秋がやってきましたね。朝晩は冷え込み、昼は妙に暑く、1日の中の変動の大きさに振り回されながらも、なんとも秋らしい天候を楽しいとも感じています。

さて、今日はタイトルにあるSSTのお話をしたいと思います。皆さん、SSTという言葉はご存知でしょうか?Social Skill Trainingの頭をとり、『SST(社会技能訓練)』と呼ばれています。

一般的にプログラムとして広く提供されているSSTは、とあるシチュエーションを想定したロールプレイングを行い、演者と見学者と意見を交換しながら、コミュニケーションスキルの向上へと繋げていくことを目的としています。CRESSでもプログラムとして2週間に1度実施をしていますが、より良いコミュニケーションのためのスキル向上に目的を置いているというより、対人場面の中でその人の内面にどのような動きがあったのか、事前に知らされていないシチュエーションのロールプレイングを実施し、その場で起きていたことについて、感想やフィードバックを伝えながら振り返ることで、その人、そして、その人を通じて、メンバーが全員が意識していなかった(意識されることがなかった)自分と出会うことを大事にしています。

このプログラムは、みんなの前でコミュニケーション場面の自分が出てくるわけですが、そのような体験を巡って色々な感情の動きがあります。

「もっと自分を理解したい」「メンバーやスタッフに見えた自分に対して、コメントが欲しい」大事な体験ができるとわかっているからこそ、前向きに参加するメンバーも多くいますが、頭でいくら大事な体験だと分かっていたって、なかなか前向きに取り組めることばかりでもありません。例えば、ロールプレイで演者をすることに後ろ向きな人は、自分の評価を直面化させられそうで怖い、自分でも嫌だと感じている内面が露呈することで排除されるかもしれない、とか、そういう気持ちが出てきているのかもしれません。逆に、積極的・貪欲に演者に挑戦しようとする人は、そのことについて考える必要があります。なぜ、貪欲にロールプレイに出なければいけなくなっているのでしょうか。メンバーやスタッフからのコメントをどれだけ咀嚼し消化し、理解へと繋げられているのか、本当にこの人はグループから大切なものを得ようとしているのだろうか、ただ現実として行動していることに満足していないだろうか。出演を巡り生じる心を考えることも必要です。

また、演者だけではなく見学者側にとっても様々な体験があります。フィードバックやコメントがなかなかできないメンバーの中には、こんなこと言ってしまったら、演者をしたメンバーを傷つけるかもしれない、とか、自分の発言が正解か不正解かわからないことに不安がある、とか、そのような気持ちがあるのかもしれません。一方、とにかく発言をしないと気が済まない人は、沈黙への耐えきれなさがあるのかもしれないですし、それは誰のために/なぜ言うのかを考えられているのか、自分の体験として考えることも重要です。行動1つをとっても、その行動をしている自分を考える材料になります。

自分のみ/他者のみ を見ていると当然ながら視野は一点に集中することとなります。もちろん、そこで気づけることもあるでしょう。しかし、そのようなものの見方は、その場にいる『自分』に偏りを生じさせ、そして、対人関係の体験の歪みに繋がっていくことも考えられます。SSTを始め、リワークプログラムCRESSでは、自分以外の視点に触れる体験がたくさんあります。SSTはその一つです。SSTの体験を巡って、メンバーが自分や他者に触れ、理解を深めていくこと、向き合っていくこと、そして変容していくことにこれからも共に取り組んでいきたいと思っています。