みなさん、大人になってから道で転んだ記憶はありますか?
私にはあります。それもつい3日前に。朝の出勤時、地下鉄からクリニックに向かう階段を上がったところで足を引っかけ、気づけば盛大に転んでしまいました。地面についた手のひらがじんじんとしびれる感覚になんだか懐かしさを感じつつ、何事もなかったかのようにすまし顔をしてビルに向かいました。
子どものころは、どうしてあんなに転んでいたのだろうと思うくらいに、毎日のように肘や膝をすりむいていたのを思い出します。身体の使い方がまだ上手ではなかったのでしょうし、周囲の状況なんて構わずに、エネルギーの向くままに身体いっぱいで色々なことを表現していたのだろうと思います。痛い思いをして、恥ずかしくなりながらも、転んで、起き上がって、また転ぶ。そんなことを繰り返していました。
大人になった私たちは、そう簡単には転びません。自分の身体の大きさや、動かし方、限界を知っているからです。自分の置かれている環境を把握して、目的に応じて必要最低限だけ身体を動かして行動をすることが、意識しなくてもできるようになっています。だからこそ、3日前の私のように、自動的に繰り返される身体運動の中で、気づかないうちに転んでしまうようなことにもなってしまうのかもしれません。
身体だけではありません。省エネ社会に生きる私たちは、身の程をわきまえて、周囲の状況をよく見て、怪我やミスをしないように行動をすることが求められていますし、自然にその行動様式を取り入れています。そうして縮こまって、安全な動きを繰り返しているうちに、自分がどこまでできるのかわからなくなり、変化するきっかけも得られずに日々を過ごすことになっているのかもしれません。
リワークには、そのような日々の中で意識しないうちに転んでしまった人たちが集まっているとも言えるでしょう。ここで、改めて自分の身体の動かし方や癖、限界に目を向けて、点検して、再度歩き出そうとしています。これまでとは違う歩き方が必要になることもあります。それを試すとき、みっともなく転んで、痛くて恥ずかしい思いをすることもあるかもしれません。それでも、こうしてリワークで試行錯誤する経験が、皆さんの次の一歩に繋がると、私は信じています。





